プロフィール
江戸時代後期に彫物師として活躍した、通称「波の伊ハ」と呼ばれる武志家初代の武志伊ハ郎伸由(1751~1824)は
現在の鴨川市打墨で生まれました。
伊ハは、左甚五郎の流れをくむとされる島村流の島村丈右衛門の弟子となり腕を磨き、50年あまりに及ぶ創作活動の
うち、千葉県をはじめ東京都や神奈川県など南関東を中心に50点あまりの作品を残しています。

伊ハの名がはじめて歴史に登場するのは19歳の時で、鴨川市鏡忍寺に伝わる棟札によると、明和7年(1770)9月に
上棟した、同時の祖師堂彫刻制作に携わったと考えられます。

彼は「関東に行ったら波を彫るな」と関西の彫物師に言われたと伝えられるほどの名工でした。その通り、
ほとんどの彫刻作品には大小かかわらず波を彫っています。

市内にも、行元寺の旧書院欄間彫刻「波と宝珠」や飯綱寺本堂欄間彫刻「牛若丸と大天狗の図」をはじめとして、
傑作が多く残されており、そのほとんどが円熟期のものです。
武志家はその後5代続き、それぞれ作品を残しています。

波と宝珠
▲「波と宝珠」/行元寺(荻原)
牛若丸と大天狗の図
▲本堂欄間彫刻「牛若丸と大天狗の図」/飯縄寺(和泉)
波に龍
▲本堂欄間彫刻「波に龍」/長福寺(下布施)
いすみ市内に残る伊八の作品
○行元寺(荻原)⇒旧書院欄間彫刻「波と宝珠」
○飯縄寺(和泉)⇒飯縄寺(和泉)本堂欄間彫刻「牛若丸と大天狗の図」 「波と飛龍」
○長福寺(下布施)⇒本堂欄間彫刻「波に龍」 「波に麒麟」
○光福寺(大野)⇒祖師堂向背彫刻「龍」 「波に鯉」
○熊野神社(岬町中滝)⇒神輿彫刻「波と飛龍」 (いすみ市郷土資料館保管)
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